木更津市国際交流協会(KIFA)で、いろいろな国の方と交流しませんか。                               ホームページ内の写真の無断転用、転載及び複製等の行為はご遠慮ください。  

姉妹都市交流部会

姉妹都市交流部会

姉妹都市提携25周年オーシャンサイド市訪問

   市旗@議場
 
 平成2年6月29日に木更津市とオーシャンサイド市が姉妹都市提携を行い、今年で25周年
を迎えたことから、10月上旬に渡辺市長、滝口市議会議長をはじめとする10名の訪問団が
オーシャンサイド市を親善訪問しました。
 同市では、ジム・ウッド市長みずからのガイドによる市内視察をはじめ、25周年記念レセプションに出席、元姉妹都市財団関係者やホストファミリー、元木更津市英語補助教員など、四半世紀の間に本市と交流のあったゆかりの方々と再会、両市の長年にわたる友好交流の輪を確かめ合うとともに、今後の姉妹都市交流の更なる発展につなげていくための契機となる充実した訪問となりました。

25周年友好宣言書
オーシャンサイド市から姉妹都市提携25周年の友好をたたえる宣言書が渡辺市長に手渡された。

イオンモールにオーシャンサイド市

イオンモール

10月にオープンしたイオンモール木更津の2Fフードコート”FOOD HARBOR”は、「海辺のリゾート」をコンセプトとし、木更津市の姉妹都市オーシャンサイド市をモチーフとしています。

オーシャンサイド市からの手紙

手紙

木更津市の姉妹都市米国カリフォルニア州オーシャンサイド市のWood市長
から木更津市の渡辺新市長へ就任祝いの手紙が8月に届きました。
49歳という若さで市長選挙に当選されたことへのお祝いと感銘の言葉、
そして、姉妹都市関係の大切さと新市長のオーシャンサイド市訪問を期待
している旨が記載されています。

手紙のダウンロードはこちら⇒ 

姉妹都市派遣高校生のその後

第3回派遣高校生の川上真結子さんのフランス留学体験記

フランス

 私は大学で仏語圏言語文化コースに所属しており、フランスの中央に位置するオーベルニュ地方にあるクレルモン=フェランという町のブレーズ=パスカル大学へと留学しました。周りを山に囲まれており、自然が溢れる小さな町です。ミシュランやボルビック、火山などが有名です。私も留学をするまではクレルモン=フェランという町の名前を知りませんでした。パリではないフランスの落ち着いた田舎町での暮らしを体感してみたい、日本人の少ない環境で学んでみたいという思いからこの大学を選びました。日本人の留学生は、私の大学からしか派遣されていなかったので、その分色々な国の友達と仲良くなることができたと思います。

フランス

 大学では、美術史を専攻していました。前期は語学力に自信が無かったので、大学の授業を聴講させてもらいながら夜は週に2日、5時間ほど語学学校に通っていました。語学学校ではフランス語を学ぶことができる上に、色々な国の人と友達になることができ有意義な時間を過ごすことができました。後期は、現地の学生と同じように授業と試験を受けました。語学学校にも引き続き通いました。大学の授業や試験は日本よりも厳しい印象を受けました。授業はとても難しかったのですが、フランスを中心にヨーロッパやアメリカの美術のことを非常に詳しく学ぶことができ、勉強になりました。図書館も美術関係の本が充実しており、よく利用していました。生徒も勉強熱心で図書館の自習スペースも常に満員でした。試験に関しては、3時間フランス語での論述試験であったため、大変苦労しました。評価も留学生だからといって甘くしてくれるわけではなく、厳しく採点しているようでした。また、留学生向けに開講されていた英語での授業も履修していましたが、フランス語を勉強しているのだから英語を話せるのは当たり前、といった雰囲気でこちらも発言するのになかなか苦労しました。しかし、苦労した分これからの勉強に生かせることをたくさん学ぶことができたと思います。

画像の説明

 大学の授業は、講義形式のものを受講していたので、なかなか現地の学生とコンタクトをとれる機会を見つけ出せずにいました。しかし、寮に住んでいたため、共用のキッチンなどで出会った学生と仲良くなり、宿題を見てもらったりしてフランス語を勉強することができました。また、他の国からの留学生の友達もたくさんできました。一緒に食事に行ったり、家に遊びに行ったりして、一生の友達と呼べるような存在を世界中に作ることができました。特に日本に興味を持っている学生と仲良くなると、日本語を教えたり、お互いの文化について話し合ったりすることができ大変有意義でした。

画像の説明

 バカンスにはヨーロッパの国々をたくさん旅行しました。フランスで仲良くなった友達のうちに滞在させてもらったりもしました。色々な国で、様々な人々と出会い、異なる文化に触れることができ、良い経験となりました。休日は、友達と映画を見たり、留学生向けのイベントでスキーやスケートも体験したりしました。山登りや釣りもして、オーベルニュの自然に触れることができたと思います。また、日仏家庭の子ども達に日本語を教える団体があり、そこでボランティアをしたこともありました。
    
 10ヶ月という長い期間海外にいるのは人生で初めての経験だったので、色々と不安になることもありました。特に語学が思うように伸びず、悔しい思いをすることがたくさんありました。しかし、親切な人々に恵まれ、日本とは全く異なる様々な文化を吸収することができ、一生忘れることのできない素敵な10ヶ月間になりました。フランスについて色々と学ぶことができたのも大きな収穫ですが、個人的には日本という国を客観的に見つめ直すことができたことも大変勉強になりました。日本の素晴らしさを世界に伝えていきたいという思いもますます強くなりました。更に留学を通じて、思考がとても前向きになったように感じます。留学で学んできたことをこの先の人生でも生かせていけたらと思います。

姉妹都市派遣高校生のその後

第2回派遣高校生の竹内友里恵さん ニューヨークに留学中

YT

2012年8月よりBorough of Manhattan Community College に入学、リベラルアーツ(一般教養)を専攻し、政治学と経済をメインに勉強しています。学校はとても刺激的で宿題も多く、しっかりしないといい成績は取れません。しかし試験は選択方式が多いので割と簡単です。成績は今のところGPA4.0を維持しています。勉学以外では、student government association に senator として選挙に立候補し、今学校内で働いでいます。リーダーシップなプロフェッショナルな話し合いの経験ができ、とても勉強になります。

YT

友人はとても親切な人が多く、毎日楽しく過ごしています。アメリカの人は
意見をはっきりというというイメージですが、もちろんそうなのですが、それだけでなくきちんと相手を尊重したり、思いやりに溢れ、大事な友人がこちらで数人できました。
NYは様々な人種が入り乱れているので秩序にかける時もありますが、そのぶん変な差別もなく、日本人が日本人として、自信を持って振る舞えます。またこちらにきて自分の宗教観念のことや将来への目標を友人と語り合うことも多く、大変刺激になっています。

YT

NYはしっかりやらないとどんどん自分がだめになっていきますが、きちんと過ごせばチャンスがたくさんある場所です。
経済的に大変なこともありますが、留学してなりたい自分に近づけている気がして、本当に良かったと思っています。

姉妹都市オーシャンサイド前会長ジムさんのエッセー

Jim

姉妹都市オーシャンサイドの前会長ジム シュローダー氏が現地の
新聞に掲載されました。
これまで131ケ国を訪問し、時に密売人に間違われて囚われの身に
なったり、姉妹都市として木更津訪問を含み日本には12回来日したりと、楽しい旅のエッセーになっています。

 EDC chairman knows well what moves the world

By Lola Sherman | Special to the U-T 7 p.m.Feb. 19, 2013

Around the world in 80 days? Jim Schroder has just done it in five weeks.

On this trip, he did not get arrested, nor was he declared dead in a hurricane. He didn’t have to escape demands that he marry a belly dancer. He did not see a man murdered in front of him. He wasn’t shot at. He didn’t have to hide on top of a toilet.

Yet in past trips, all of those adventures really have happened to the exceptionally well-traveled Schroder, a 1963 graduate of Oceanside High School.

His travels started at the age of 17 — three days after his high school graduation. He journeyed around 13 European countries in two months and came back to Washington, D.C., where he was advised to stay in a bus-station bathroom while race rioting was going on outside. He sat on the top of the toilet so as not to be seen.

Almost always, he arrives at his destinations at the most-fortuitous times — in Vietnam in time for Tet (new year) celebrations, in Kenya when it was celebrating the election of U.S. President Barack Obama, whose father was born in that African country.

He had visited 131 countries until this most recent trip — which included a cruise from Capetown, South Africa, to Singapore — added five more: Mozambique, Madagascar, the Seychelles, the Maldives and Sri Lanka. A flight to London, then to Capetown and one from Singapore home completed the global circuit.

Schroder’s adventures read like something out of a novel.
It was in Dubrovnik in Tito’s old Yugoslavia that he was arrested the first time, accused of being a spy. Schroder managed to escape with a group of Romanians going to the airport. “I had no idea where the plane was going.” It went to Rome, the place he was headed next anyway.

The second arrest was in Asunción, Paraguay, then also under the rule of an infamous dictator, Alfredo Stroessner. “Pistols were pointed to every part of my body,” Schroder said, “Again, I was an American in the wrong place at the wrong time.”

He was taken back to his hotel, where he found all his luggage ripped open. He shouted, “Help. I am an American, Call the American Embassy.” There were attempts to plant drugs on him. He heard his captors say in Spanish, “He will not be alive tomorrow at this time.”

The American Embassy didn’t help, but the Swiss Embassy did and got him out.

In the Caribbean, his Windjammer cruise was interrupted by a hurricane. It was so fierce that, when the ship finally docked at St. Barthelemy, Schroder picked up a newspaper with headlines reading that the ship and “80 some souls had been lost at sea.”

Schroder admits to having had too much alcoholic refreshment when he was watching a young woman dance in a presentation before 270-some people in a hotel in Tangier, Morocco. She ordered him to dance with her and, caught up in the moment, he twirled her into a back bend, lifted her veil and kissed her. That meant, her family said, that he and the girl would be married the next day. He left his hotel by a back way as the family came in the front.

The murder of the man in front of him took place in Garoka, Papua New Guinea, which nevertheless Schroder considers “one of my favorite parts of the world even though I have never been back.”
He was shot at in Bogota, Colombia, and used a “duck-and-roll” maneuver to escape injury.

And while there were no outlandish experiences on the most-recent cruise, it did have its moments, as when it was diverted from Mombasa, Kenya, because of U.S. State Department warnings that tourists were being targeted there.

While many of Schroder’s trips have involved multiple destinations, some have been virtual commutes, like the 12 times he’s been to Japan, often to Oceanside’s sister cities, Kisarazu and Fuji. He’s a member of the Oceanside Sister City Committee.

Schroder also is chairman of the city’s Economic Development Commission.

Trips to visit friends or attend special events in Argentina or England and “back and forth to Mexico City” also are routine.
Schroder said he got the travel bug working as a youngster in Best Western Marty’s Valley Inn owned by his father, the late Marty Schroder.

“We had customers from all over the world,” Schroder said. “As a kid, I had the opportunity to meet these people. I was hooked on travel, I’ve never regretted it. Somewhere out there is always calling.”

He remembers an evening spent in a Chinese home just as the country was opening up to the West, and meeting with a Masai chieftain and having a private audience in Mexico with the late Pope John Paul II even though he is not Catholic.

On his most-recent trip, Schroder said he found interesting changes in countries he’d previously visited: Muslim nations had become more conservatively Muslim. More women were hidden behind burqas, the full-length robes and headdresses that expose only their eyes.

“Now it’s on to the next adventure somewhere in the world,” Schroder said. He’s not sure where yet, but he’s been thinking a bit about West Africa

Wherever he goes, he said, his motto is “Friendship moves the world.”


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KIFA会員が姉妹都市再訪

市長 桐石

第2回姉妹都市高校生派遣時の引率者桐石さんが個人的にオーシャンサイド市を2012年11月下旬に再訪し、オーシャンサイド市長やオーシャンサイド市の姉妹都市財団のメンバーと交流してきました。
高校生派遣事業が休止中の今、オーシャンサイド市の人々はミラコスタ・カレッジへ木更津の若い人たちが留学してくれることを期待しているようです。

姉妹都市オーシャンサイド市高校生派遣事業中止

 今まで受け入れの準備を全てサポートしてくれたオーシャンサイド市姉妹都市財団メンバーが、高齢化と体調不良などで、活動休止中です。オーシャンサイド市の受け入れ態勢が整わないため、今回の高校生派遣事業は見合わせました。
 楽しみにしていた高校生をはじめ木更津市民の皆様方には、大変申し訳ありませんが、ご了承いただけますようお願い申し上げます。

オーシャンサイド市長が木更津市訪問!

2012市長・邦楽
 姉妹都市アメリカ合衆国カリフォルニア州オーシャンサイド市のジム・ウッド市長夫妻と姉妹都市提携時の副市長ロデイー夫妻が3月23日から26日まで木更津市を訪れました。
 太田山の旧安西家で呈茶体験&邦楽鑑賞・三井アウトレットパーク視察・海ほたる視察・酒造見学・市民とバーベキューパーティで交流・徳蔵寺見学・アカデミアホール見学・木更津市長表敬訪問などを楽しまれ、静岡・関西方面へ向かいました。
 

第4回高校生派遣団

姉妹都市アメリカ合衆国カリフォルニア州オーシャンサイド市に派遣! 
オーシャンサイド高校でのプレゼンテーションなど 大好評を得て帰国。

♡交流パーティで歌う派遣団♡

交流パーティ1交流パーティ2

♡感謝パーティ&故服部中尉宛て手紙返還式♡

2011感謝パーティー2011手紙返還式

派遣期間:2011年3月26日(土)~4月4日(月)10日間
派遣者:大津 知世(木更津高校)
    オカンポス・アヤ・テレサ(木更津高校)
    高比良 瞳(木更津高校)
    時田 和宜(君津高校)
    野田 克樹(木更津高校)
    山口 央士朗(木更津高専)
引率者:松尾 範子(姉妹都市交流部会長)

日程

3月28日から4月1日:オーシャンサイド高校体験入学

週末及び放課後の主な予定
3月27日:交流パーティ
  28日:消防署&オーシャンサイド港見学
  29日:市長&市会議員表敬訪問、オーシャンサイド市図書館市美術館見学
  30日:KOCTテレビ局見学&ショッピング
  31日:桟橋散策、サーフィン博物館見学、夕暮れマーケット
 4月1日:ミラコスタ大学訪問、感謝パーティー、故服部中尉宛て手紙返還式
   2日:各ホストファミリーと過ごす。
   3日:オーシャンサイド出発

  • 派遣前の木更津市長表敬訪問の新聞記事

市長表敬訪問

2010年度の活動

  • 姉妹都市提携20周年記念事業(2010年8月実施済)

流しそうめん野口宅2010 さよならパーティー2010

  • 第4回姉妹都市高校生派遣事業(2011年3月26日~4月4日)

各事業内容

  • 姉妹都市からの訪問団受入れ

    オーシャンサイド副市長受け入れ松本宅1994   水越市長と1998  

  • 姉妹都市提携記念事業(5周年、10周年、20周年)

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